2005年02月27日

「我慢の子」

マロ(5才)は長女だ。

いちばん上って、いいようであんま良くないかも。
何かにつけて、「あなたならできるでしょ」とか「これぐらいわかるでしょ」とか言われて、下の子に幼児期のプリティーなかわいらしさのお株を持っていかれて、
憶えたての自己主張も大人からみればただの困ったちゃんで、お尻ペンペン直行!なんてことにもつながりかねない。

うちもマロにはずいぶんと我慢させてしまっている。

マロはもともと、とても奔放で、ひょうきんで、声がでかくて、騒がしくて…。つまり、元気のいい子供そのもの。
けれど、それを押しつぶしてはいないか?といつも考えてしまう。
遊んでいる時に出る大声。できるだけ注意はしたくないんだけど、じーちゃん、ばーちゃんがすぐに「ウルサイ、静かにしなさい!」とくる。
電話中や会話中なら当たり前なんだけど、いつだってそう言う。田舎の一軒家だけどそう言う。
これじゃあ、子供は子供になれない。

ミロ(2才)が部屋に本をばらまいてほっぽらかしてると「マロ!ちゃんと片付けなさい!」とじーちゃん。
こらこら\(-_-;)、はなからマロがやったと思って叱らないでくれぇ。

ミロと喧嘩になると、ミロも髪ひっぱったり、突き飛ばそうとしたりするが、やはり5才と2才の力の差は歴然!
ミロが大泣きすると、「マロ!ミロはまだ小さいんだからやさしくしなきゃダメでしょー!!」
当たり前のことを言っているだけだけど、マロにしてみれば自分だって、やられて痛い思いして、しかもミロの方がしかけてきた喧嘩なのに、なんで!?ってこうなる。

そのせいか、マロは我慢強い。
ちょっと前に虫歯の治療で通った歯医者さんが、マロがあまりにも、泣かずにスムーズに治療させてくれるのを見て
「お母さん、この子はとてもいいものを持っていますよ。この子が大きくなった時にとてもすばらしい宝物になりますよ」
と誉めてくれた。
嬉しい反面、子供がこんなに聞き分けよく我慢ができていいんだろうか?もっと痛い・怖い気持ちに素直に反応しなくてもいいんだろうか?と不安に思った。

また、マロは幼稚園では転んでも泣かないらしい。
お友達のママから、「マロちゃん、転んでも泣かないんだって?うちのミキが『凄いんだよ、マロちゃんって!』って言うんだよ。」と。
なんでもミキちゃんが、マロのそういう様子を幼心にスゴイ!と感じてくれて、ミキちゃんママに話したらしい。
これだけ聞くと、たまたまミキちゃんが見ていた時だけかと思うが、以前、時間外保育の時に、転んで階段で鼻を強打して鼻血がブァーッと噴出して、
上着からズボンまで血で染まった…という聞くもスプラッタな事件においてもマロは慌てず泣かず、1人、先生のとこへ歩いていき、転んでしまったことを報告したそうだ。
私がお迎えに行くと、先生がそう話してくれた。
「マロちゃん偉かったですよ」先生がそう言った。

確かに偉い。けど、やはり悩む。
なぜ、そんなにがんばって我慢するのかな。
我慢したら大人が喜ぶから、ママやパパが喜ぶから?
だから我慢するのかな?
以前から自分の気持ちを我慢することが多かったマロ。下の子が産まれてから、心の余裕のなかった私のせいでいつの間にか、自分を見てほしいためのやせ我慢ができるようになっ
てしまったようだ。
「ここで我慢さえすれば、ママはマロを見てくれる。ママがマロを笑って見てくれる」
という悲しいやせ我慢だ。

私はマロができるだけ子供でいられるように、自分の本当の気持ちを表現できるようにさせたい、と思い、よくマロにこう話す。
「わがまま、ダダっこのギャ−ギャ−泣きは良くないけど、悲しい気持ちや、辛い気持ちの時はいっぱい泣いていいんだからね。」
子供には難しい言葉だよなぁ、と思いつつ、これはワガママ、これはマロの辛い気持ち、とその場面、場面で伝えるようにした。
「そう、悲しかったんだね、辛かったんだね。泣いてもいいんだよ」
「自分のやりたいことばっかりで、他の人のこと考えないのはワガママでしょ!!」

そうこうするうちに、少しずつ変わりはじめてきたようだ。
先日、バレエのレッスン時にマロのいるグループが先生から一喝された。ワァー!と泣きじゃくり帰ってくる子、キョトンとしている子、様々だった。
マロは、帰ってくるなりなんだか浮かない顔だ。表情が曇っている。初め私も先生が落とした雷のことはわからずに、いつものように帰り支度をして、教室を後にした。
その間、マロはお友達にバイバイと手を振るなどしていたが、私と二人っきりになったとたん、思い出したかのようにワァーーッッと泣き始めた。
そして事の次第を、つぶさに説明したのだ。
「マロはね、一生懸命先生を見てたの。先生の言うことを聞いてたの。それなのに、よそ見ばかりして、ちっとも話しを聞かない!って先生がおこったぁーアアーンオオーン」
「そうか。マロはちゃんとしてたのに、先生に怒られて悲しかったんだね。辛かったんだね。そっか…そっか…」

しばらく泣きじゃくった後は、もう少しいろいろな状況も話してくれた。なので、私もそれを聞いて先生一喝!のフォローをした。
なぜ先生が怒ったのか、マロもまったく悪くないわけではなかったんじゃないかなぁ?と自分自身をふり返させてもみた。
それにしても、なぜ友達がいなくなってママと2人っきりになってから泣いたのか聞いてみたところ、
「他の人にワァーワァー泣いているのを見られるのは恥ずかしいから」なんだとか。
逆に言えば「ママの前だと安心して自分をさらけ出せる」ってことかなぁ。
なんだか嬉しく感じた。

これって重要で重大なことだー!!
子供が親の前で、ホントの自分をさらけ出せるようにしないと、いつか子供がパンクする日がくる。
そのいつかって、案外ずっと先だったりする。だから親は気づかなかったりするんだけど、パンクして気づいた時には、その傷は考えられないほど大きくて、
傷を癒すのに、たいへんな労力と時間を費やす。その労力だって、親が生きているうちに報われればいいだろう。でもその保証はどこにもない。
だから、今この時が大切で子供の一つ一つを受け止めてやりたい。

マロは相変わらず大声を出しては叱られる。
「お話中だから静かにしないとダメでしょー!!」
でもね、なんにも心配いらない時はちょっとくらいの大きな声、いいんだよぉー。(^O^;)
posted by かめぽこ&ももすけ at 07:46| ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | かめぽこの育児エッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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